カメラマンディレクター 坪谷健太郎 映像取材部。キャリア8年。ENGカメラマンを経て取材Dとしてデビュー。現在フジテレビ「とくダネ」ディレクターとして活躍中。

カメラマンディレクター 坪谷健太郎

(写真を見せている)

── 素晴らしい、幻想的な世界で。で、シロクマは撮ったんですか?

坪谷 ホッキョクグマを。僕は(当時)VEで、音声だったので。

── だいたい動物でしょう?

坪谷 そうです、そうです。

── 呼べば出てくるわけじゃないでしょう、飼い犬じゃないんだから?

坪谷 もう全然出てこなくて、結局(撮影日数を)延長したんですよ、ちゃんと撮れなくて。

── 何日間ぐらい待った?

坪谷 待ったのは。だから都合1カ月ぐらい居たんですけど、着いてもう6日、7日たっていて。

── 最初はやっぱり覚悟して行っていたわけでしょう、なかなか出るものじゃないから?

坪谷 はい。

── で、最初は何日ぐらいの予定だったんですか?

坪谷 最初はでも…、たぶん3週間ぐらいだったんじゃないですかね。

── ムードが変わってくるでしょう?

坪谷 何でもホッキョクグマに見えてくるんです、だんだん(笑)。ずっと探しているんですけど。

── ああ、白いものが?

坪谷 何かこう、似た、ホッキョクグマっぽい氷とかあると、あったーなんて。行ってみたらホッキョクグマじゃなかったみたいな、ちょっと何か目がもうホッキョクグマを探す目になっちゃっていて。

── 最初に出たときは、誰が最初に見に行った?

坪谷 一番初めだったんですけど。でも一番初めは、一度丘にちょっと登ってみようということで丘の上の方に登っていったら、ものすごく遠いところに白い点があって、カメラで拡大してみたら確かに、歩いているホッキョクグマっぽいな、みたいな感じのものを見つけた覚えがありますね。

── その時に、ある程度動物の近くまで行けたんですか。

坪谷 そうですね。やっぱりホッキョクグマは結構危険な動物なので、陸上で会ったら、1人1つずつ笛が鳴るスプレーみたいなのを渡されるんですけど。イヌイットの人も銃を持っていて。ホッキョクグマは危ないんですけど、すごく泳ぐのが上手いんですよね。ボート船とかで近づいても、泳いでいる間は攻撃できないという、みんな、本当か嘘か分からないですけど、共通認識があって。泳いでいる時にはすごく近づいていって、本当にすぐそばから撮れましたね。ちっちゃい水中カメラを使って泳いでいる手元を、沈めて撮ったりとかもできたぐらい。

── じゃあ、ものすごい至近距離で。

坪谷 本当に近かったですね。

── どれぐらいですか。1メートル?

坪谷 まあ、そうですね。まあ、2メートルとか。

── すごいデカい。

坪谷 デカいです。しかも親子とかで。

── へえ。じゃあ、危険ですよね。

坪谷 やっぱり危険ですね。

── その時に感じたことは?

坪谷 その時に感じ…。まあ、でもずーっと撮れなかったので、やっぱり会えてうれしいっていう感じですよね。

── 仕事が成立したという思いもあり。

坪谷 まあ、もちろん(笑)。帰れるというか、まあ、そうですね。

── 結局その1回だけ?

坪谷 いえ。

── その後何回か。

坪谷 そうです、何回か会えたんですよ。何回ですかね。その一番初めの幻のを入れなくて3回ですかね。結構会えたんですよね。島にも…。そうですね、若い雄と親子とまた別の親子と会えましたね。

── (大学生のとき)自主映画をやっていて、その後卒業があって一応、社会人にならなくちゃな、みたいなことがあったわけでしょう。

坪谷 はい。

── そのときはどういう仕事を選ぼうとしていたわけですか?

坪谷 僕としては、自主映画じゃないですけど、やっぱり映画を。映画というか映像作品を作りたいなと思いが、まあ、今でもあるんですけど。それで就職するか、まあ。友達は結構映画の現場へ行っていたりする人も多かったので、そういう映画の道に行くのかと考えた時に、自分が…。僕、自主映画をやっている時も、カメラを持っていたので、カメラマンやってよ、撮影やってよ、と言われる時が多かったので、現場の中でカメラマンとして重宝してもらうというか、その現場の中で監督とコミュニケーションをとって自分の画を作るというのがすごく好きだったんですよ。
それで、このまま大人になって、カメラマンになったとして、監督を見て、「ああ、監督やりたかったのにな」と思うのか、監督になってカメラマンを見て、「ああ、カメラマンになりたかったな」と思うのか、どっちかと思った時に、きっと監督になったら、カメラマンをやらなかったことを後悔するだろうと思って、それでまずカメラマンになりたいし、あと、やっぱり自分で作品を作る中でいろいろな経験、僕は東京生まれなんですけど、東京生まれの普通の家庭で育ってきた何も知らないおぼっちゃんだと思っている自分がいまして、だから現実で起きていることを自分の目で見て、自分の画で撮りたいという思いがありまして、それでENGに入ったんですけども。

── 最初に就職したのはこの会社?

坪谷 そうです、そうです。ENGのカメラマンになりたいと思いまして入った感じですね。

── で、何年目ですか?

坪谷 次の4月で8年目になりますね。

── この8年は、じゃあ、一応望んでいた職業をやっている感じはありましたか?

坪谷 そうですよね。カメラマンとしてもうちょっと長くできるものだろうと思っていたのが、ちょっとしかできなかったんですけど、今は(自分の現場で)カメラを回せるので思うような形にはなっているかなと。

── じゃあ、部の在り方も違ってきたんですか、という聞き方をすればいいのかな。どうですか?

坪谷 僕の認識としては、今、特に我々のお客さんというのが情報番組、報道番組なんですけれども、どちらもディレクター自身が小さくて(画質の)きれいな、扱いもしやすいカメラで、ディレクターがカメラを回すというケースが年々多くなってきているんですよ。我々の、いい画を撮って、見やすくて、きれいで、伝わりやすい、編集もしやすい画を撮るということだけではお客さんにとってのニーズには合わなくなってきた、というのがまず1つありまして。そんな中で、ディレクターがカメラを回しているんだから、カメラマンもディレクションできるでしょう、というところですよね。

── そのためにディレクションという能力を高めるために情報番組に派遣されているということで学んできた、ということだよね。

坪谷 そうですね。初めに、僕、カメラマンにならせていただいて、すぐにディレクターとして受け入れてくださって。

── 取材ディレクター?

坪谷 そうですね。我々はカメラマンディレクターと名付けているんですけど。しかも夕方のニュースの特集コーナーで、「密着」というコーナーがありまして。特に人に密着して小さなカメラでディレクターが撮って、その人の人となりを撮って15分にして放送するというようなものを運よくやらせていただきまして。その中で構成する方法であったりとか、ディレクターとしてのやり方というのを学ばせていただいた形ですね。

── そういう職業としての、そういうカメラマンディレクターですか。

坪谷 はい。

── の、面白みを、面白さを今、後から志して業界に入ろうとする人たちに向けて、何か言葉として教えてください。

坪谷 はい。僕、先輩のカメラマンの方をもちろん尊敬していまして、すごくいい画を撮るなとか、この人じゃなきゃ撮れない画を撮るな、とか思っているんですけど、僕もかくありたいと今でも思っているんですよ。でも、先輩たちと同じことをしていても先輩たちの様になれないなと思っている部分がありまして。今のこの状況の部だからこそ、今の僕だからこそ、僕しか撮れないようなものが撮りたいなと常々思っているんですよ。
僕は小さなカメラを自主映画の頃からずっと使っていたので、カメラマンでもありますし、特に人の取材の場合に、一人取材のいいところって時間を結構かけられるんですよね。同じチームの人に気を使わなくてもいいですし、自分さえ、まあ、ご飯を我慢すれば、寝るのを我慢すればいくらでも撮れる部分があるんですよ。結局は取材する側と、取材を受ける側と1対1の話なので、先方、取材される側さえつかむことができたらより近づけると思っているんですよ、時間もかけて。だから、やっぱり本当にいい機材を使って美しい絵を撮る先輩もいらっしゃいますけど、僕自身は取材対象者との距離感で見せられるものを作りたいと思っていますし、この部に入れば作れるんじゃないかなと思います。

── そういうやり方で取材対象を撮ることができた体験はありますか。

坪谷 はい。例えばこれなんか。これなんですけど、老舗のドジョウ(料理)屋さんの年末年始に密着というのを1カ月したことがあるんですけど。

── ドジョウ屋さんに1カ月も。

坪谷 そうそう(笑)。

── シロクマに1カ月なら、ああ、それぐらいかけるなとわかるけど、ドジョウ屋さんに1カ月というのは(笑)。

── 今後やりたいことは例えばどんなことですか。

坪谷 今後やりたいこと。

── 例えばオバマ大統領密着1カ月とかってできないことはないでしょう?まあ、できないと思うんだけど(笑)。あるいはマサイ族の青年に密着とか、もう世界のどこでも行けると思うんですよね。

坪谷 そうですよね。

── どこの国でも、誰でも。だから誰も見たことない体験を。逆に言うとそれは、その映像を見る人にとっては自分がまるで密着しているような気持ちになれるような気がするんですよ。だから本当に取材というのがまったく変わりつつある時代だと思って、とても興味あるんですが、今後もそれをやりたいですか?

坪谷 もうどこでも。僕しかできないと言われるようになりたいなと思っています。

── 僕しかできないというところはどういうことなのか詳しく教えてください。

坪谷 はい。やっぱり今までの取材スタイルというのは、それはそれで確立されていると思うんですけど、カメラの技術も発展してきて、僕単体でもいい画があって、ディレクションも修行していればできると思うんですよね。だから、やっぱり対象者との僕は距離感だと思っているんですよ、取材というのは。取材対象者とのいい関係を築ければ、僕は技術を持っていますし、いいものを作れるんじゃないかなと思っています。

── 取材対象者との親密度といいますか、あるいは信頼度といいますか、それはやっぱり変化するんですか? 最初はやっぱり他人同士ですよね。

坪谷 そうですね。

── 1カ月もいると、ある程度気心も知れてきて…。

坪谷 そうですね。一緒にご飯に行ったり。カメラが回っていない時の方が多くなったりとかして。一緒に。そうですね、なりますね。今でも本当に付き合いがある人も多いですし。やっぱり○○テレビさんとかカメラマンさんじゃなくて、坪谷さんとして──