ドラマ演出・映画監督 若松節朗 第1制作部。キャリア37年。ドラマ「やまとなでしこ」「振り返れば奴がいる」など多数を演出。映画「ホワイトアウト」「沈まぬ太陽」を監督。

ドラマ演出・映画監督 若松節朗

若松 …だって僕が最初にこの業界に入りたいなと思ったのは、(あるドラマが)素晴らしいドラマだったので、そういうものを作る人になりたいなと思ったのももちろんそうだけど、芸能人に会いたい。

── え、意外ですね、それは。

若松 芸能人に会いたいのよ。

── ああ、そうなんですか。でも秋田から、やっぱり。何が映像をやるきっかけというか。

若松 映像は、だからNHKのドラマを。もうテレビっ子だったから。

── ああ、やっぱりテレビっ子なんですか。

若松 テレビっ子。

── じゃあ、そのNHKのテレビって何が。

若松 それは『虹の設計』という佐田啓二さんと八千草薫さんのラブストーリーだったんですけど。天草諸島に橋を架ける話、設計屋の話で、その橋が虹の設計といってよく覚えている。

── ああ、そうですか。素敵ですね。お幾つぐらいですか、それは。

若松 それは中学校の3年の時。

── 中3の時にそれを見ていて。

若松 うん。土木屋さんになるんじゃなくて、こういうのを作っている人がいいなと思って。

── ああ、分かります、分かります。だから、いろいろそこで感じるけど、橋を造りたいと思う人もいたかもしれないけど、こういうドラマを作りたいって。

若松 もちろん作りたいのと一緒に、作ったらこういう人たちに会えるのかなと。

── いや、絶対ですよ。というか、何か…。

若松 ミーハー、ミーハー。

── ああ、ミーハー。(笑)

若松 ミーハー。秋田にそういう撮影隊が来ると、もう学校を休んで見に行っていたんです。

── ああ、もうそこまで凄いミーハーだった。

若松 だから何でもいいんですよ、入ってくる要素は。芸能人とお話ししたいでもいいんですよ。それでもやっていける。

── ああ、それでもやっていける。

若松 やっていける、やっていける。そういう強いものがあればね。

若松 あと『ホワイトアウト』という映画で登場人物がホワイトアウトにかかっている状況があって。それはガーっと凄い、マイナス何十度のところで雪が吹雪いていて、それでちょっと酸欠になる状態をいうんですね。その時にもっと彼を苦しめたいと思うので、ハリケーンといって大型扇風機でこっちからもっと雪をバーっと。それで、ずーっとアップで撮っているわけですよ。よく分かるでしょう。

── はい、分かります、分かります。

若松 そうすると、ある程度の芝居が終わると本人は、もういいでしょうと思うようになった時に、そこら辺から凄くいいんです。それで見ていて、いいな、いいなと思っていると、本来ないセリフを言ったりするんですよ。「まだですかー、まだですかー」と一生懸命言っているわけ、アップを撮っているから。そんなセリフ、ないんですよ。「まだですかー」とか言って、そこが、セリフが最高にいいんだよ。「まだですかー」と言うわけ。そうしたら、みんな。

── 本来はカットをかけてもいい。もう十分撮っているんですか。

若松 もう十分撮っている。

── それでもまだ回している。

若松 撮っているんだけど、その後の顔がいいんですよ。

── だってまだ回し続けて言わない。

若松 言わない。

── 言わないんですね。

若松 そうするとこっちで、「監督、いいんじゃないですか、いいんじゃないですか」と言うんですよ。黙っていろと。「カーット」と返った瞬間にガーっと来て、「やってみてくださいよ、自分で。」

── ああ、怒っているんですか。

若松 怒っているんですよ。

── 死にそうで。

若松 それでビジコンが回っているので、「見てみて、見てみろ」と。凄いいいんですよ。

── ですよね。

若松 ずっと、「いいだろう、いいだろう」って。はい。

── 納得しちゃうわけですよね。

── そういう時というのは、周りは監督によってはカットをかけても忘れる人もいるから、みんなハラハラしていると…。

若松 消防隊で、火がガンガン燃えたところで、□□と△△と◎◎と、ガーっとこうやって放水しているんですよ。消防士ってみんなボンベをしょっているじゃないですか。お金がないからボンベは作り物なのよ。というか面体を被っているんだけど苦しいわけ、彼らは。

── ああ、なるほど、本物。

若松 それで火はバーっと起きるでしょう。話逆にしてないから、みんなハーっとやっているわけよ。それでも、「まだですかー、まだですかー」と言って、その"まだですか"がすごくいいわけよ。それで俺はずーっと。そうしたらみんな、「もう監督、やめてください、死にます、死にます」と言っているわけ。それで、「カーット」とかけた瞬間に3人ガーっと来て、「いいかげんにしてくださいよ、死にますよ、俺たちは」と言うわけよ。それで、「△△、見てみろ、見てみろ、すごい映像が撮れている」って、VTRだから見せたら、「凄いです」。それもスーパースローで撮っているから、みんないい顔をしているわけよ。でも、本人たちは、「まだですかー」って言っているわけね。(笑)

若松 俺は、はっきり言って『沈まぬ太陽』は制作するまでが僕の200%の働きだった。それはなぜかというと先生から映像権をもらえなかったから。150人のスタッフがもう準備にお金をかけている。それからそれを今やめるとなると、150人のスタッフの家族を合わせたら本当に1,000人ぐらいの家族が路頭に迷う。そういうプレッシャーで俺は原作者さんとものすごい戦ったもんね。

── 映像権を取れてて準備に入ったんじゃなくてですか?

若松 うん、じゃなくて。映像権は、1月からインするのに、12月10日になってもその権利をもらえなかったんです。それで僕は原作者のところに5回通いましたよ。

── 5回。

若松 それで先生が、「分かった、あなたにあげる」と言ったんだから。
"あなたに映像権をあげる"と言った。

── かっこいい。情熱を受け止めてもらえたということですね。

若松 ええ。

── だって多分、いろいろな人がやりたいやりたい、と申し出があったんだろうけれども、それをずっとずっとそれが成せなかったところが、"あなたに"というのは、相当に訴えたものがやっぱり響いたということですよね。

若松 だからその時はすごく苦しかったですけど、やっぱりしょっているものがあるでしょう、監督って。

── ああ、そうですね。

若松 だからやっぱり、'よし、取りあえず頑張ってみよう'と思うんですね、それはね。それで僕が、結局、映像化が流れましたと言って会社に帰ってきたら、みんなに白い目で見られるわけですよ。「何だよ、やるって大きな口をたたいておいて結局流れたの?」みたいな。…と言われるのも悔しいじゃないですか。

── 悔しいですよね。

若松 そういうのもあるんですよ、やっぱりね。

── だけど印象的だったのは、『沈まぬ太陽』の時は、入る前の方が圧倒的に…。

若松 入る前が大変で。もう人生で初めてだね、2回ぐらい死にたいと思ったのは。

── えーっ。それは交渉している、まだ…。

若松 やっぱり頭が病んでいるんですね、その瞬間はね。

── それは具体的にはどこのポイントですか。映像権をまだ取れてない時ですか。

若松 取れてない時にロケハンするじゃないですか、それでも。

── 取れてなくてもロケハンする?

若松 そうそう。もちろん、だって間に合わないから。

── スタッフはやっぱりやるつもりで付いてきて。

若松 やるつもりでいるんだけど、どんどんどんどん、1月から始まるのに11月半ばになってもまだオーケーが出ない、11、12月になってもまだオーケーが出ない、もう一日一日が迫ってくるわけですよね。結局それで12月10日の時点で1月からは無理だから、もう2月に延ばそうとなるわけですよ。それで必死だよね、もう15日がリミットだと言って。だから3日に1回ぐらい通うわけですよ、先生のところに。それで、「この本だと駄目だ」「この本じゃ駄目だ」。

── しかしインが近づいている時って、監督としての準備というものもきちんとやってくれないといけないわけですよね。

若松 いけないけど。

── 本当はそっちだけでも手一杯じゃないですか。

若松 手一杯なのに映像権が出ないから先生のところに伺うわけですよ。「後は僕らがやっておきますから、監督、頑張ってきてください」と送られていくわけです。そうすると、そういうのがだんだん俺をたくましくしてくれるんだね。映画人が「監督、頑張ってください」と、こう送ってくれるわけ。

── だからその頑張っている姿を見て、応援したくなったということですよね。

若松 そう。うん、凄かった。

── ちょっと待ってください。強くなるとおっしゃったけど、死にたくなったことが2回あったと。

若松 ん?

── 死にたくなった、そう思ったと。

若松 ああ、だから映像権をもらえなくて海外に行っているときに、ここが何か徒労に終わるということですよね。でも、今、僕らは徒労に終わるお金を使っているという、その責任があるわけですよ。

── 分かります。

若松 という事と、それから始まって、やっぱりイランとアフリカを撮影している間に、いろいろトラブルがあるわけですよ。

── そうですよね。絶対ありますよ、海外ってね。予定していたことが全然なってないとか、いっぱいありますからね。

若松 この先、まだ3分の1も消化していない、4分の1ぐらいですよ。4分の3残っている。これから御巣鷹だ何だっていっぱい残っているのに果たしてやっていけるんだろうかと思って、このまま死ねたら楽だな、と苦しんでいました。そういう意味で作った作品だったので、もう本当にもっと称賛されてもいいぐらいの作品ですね、あれは。俺にとっては…。だけど、命を懸けた。

── ああ、だめでしたじゃ終わらないですから。

若松 もう責任感とそれとやっぱり特別な原作者の作品というのもあるんですね。すごくあって。あとは何だろうな、やっぱり出来上がったものはこれかよ、テレビ屋がやっているからこうなるんだよ、と言われるだろうという事とか。

── やっぱりそういう気持ちはありましたか。

若松 あるある、つまりあれだけ大作になるとね。でもどこかで、お前らができなかったから俺がやっているんだよ、というところもあるんですよ。今まで映画監督が5人ぐらい敬遠しているわけ、あれも。最後に僕のところへ来た。比較されたり、悔しい思いをして新幹線で帰ってくるんだけど。
でも必ずね、1時間だけしか話をしないんですけど、行ってね。1時間話して、それで、「じゃあ、帰ります」と言って、「失礼します」と言うと、「監督さん、握手しましょう」と必ず言う人だった、最初から。もう今は鉛筆も握れないんだけど、最初はこう。2回目に行くとこれがだんだん強くなってくる。どんどん強くなって、最後は──