異色のテレビマン


第3制作部所属の営業プロデューサー、鈴木健三。
共同テレビに中途入社した彼の経歴は、まさに
知る人ぞ知る華麗なものだった・・・。
今回は、そんな異色のテレビマン鈴木健三の
波乱万丈のキャリアに迫る!



Q  鈴木さんは共同テレビに入る前はかなり異色な経歴をお持ちだそうですが・・・。

鈴木 はい。高校から始めたラグビーを大学でも続け、進学した明治大学では大学日本一に2度なることができました。ただし、卒業後は、不動産業を代々生業とする厳格な父の言いつけと、もともとマザコン気質だったこともあって、故郷の愛知県にある東海テレビ放送にUターン就職をしました。

Q  東海テレビではどんな仕事を?

鈴木 入社後は3ヶ月の本社研修の後、1年目から華の東京支社のネット営業部で働いていましたが、ある時、新日本プロレスの坂口征二社長にスカウトされまして、東海テレビを史上最短期間で退職させて頂き、プロレスラー道を進むことになったんです。

Q  テレビ局の営業をしていてどうしてスカウトされるんですか?

鈴木 当時、博報堂の1階にスーツの仕立て屋さんが模擬店を出していました。その店に新日本プロレスの卓上カレンダーが置いてあり、私はそのカレンダーを手にとってじっと見つめていたそうです。その姿を見た店主が、新日本プロレスの坂口征二社長に連絡し、明大の先輩でもある坂口社長と会うことになったんです。その後いろいろと悩んだのですが、熱心に誘われてあれよあれよという間に入団の運びとなりました。

Q  プロレスラーとしてすぐにデビューを?

鈴木 入門後すぐに故橋本真也さんの付き人になりました。8ヶ月後にプロレスラーとして東京ドームでデビューできました。合宿所の生活やプロレスラーになる為の基礎練習は相当厳しかったのですが・・・明大ラグビー部1年生の時に比べると人間として扱って頂けるだけ心に余裕がありました。

Q  海外のプロレス界でも活躍されていたんですよね?

鈴木 アメリカWWEではタッグチームチャンピオンとしてアメリカの全ての州はもちろん、カナダ、メキシコ、コスタリカ、キューバ、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、イラク、日本、韓国、フィリピンと試合に行きました。

Q  特に印象に残っている試合はありますか?

鈴木 印象深いのはイラク戦争中のイラク慰問試合でした。外国人唯一の参加者だったせいか米兵の監視が2人つきました。私は日本人の感覚として、戦地のイメージはひもじく、辛い印象しかなかったのですが、実際に米軍キャンプの中で生活をすると食事は豪華、バーやボウリング、ビリヤード、バーガーキングなど、ここは本当にイラクか?と思うくらい豪華な施設が整っていました。私の場合は米兵の監視が食事をする時もお酒を飲むときも常に一緒だった為、4日間滞在したのですがすぐに仲良くなってしまい、ブラックホーク(ヘリコプター)でイラクの上空散歩を毎日の楽しみにしていました。今考えるとよく下から追撃されなかったなと・・・。国防総省(PENTAGON)より感謝状を頂いたのですが一生の宝にしています。

Q  そもそも、明大ラグビー部で活躍したラガーマンが、テレビの仕事を選んだ理由は?

鈴木 高校卒業後、1年間イギリスのバースという町にラグビー留学していたのですが、当時、新聞のイギリス王室への提言が国民の支持を得て王室が大きく変わった事を現地で経験してからマスコミという仕事を強く意識するようになりました。明大ラグビー部では2年生の時からレギュラーとして活躍し、卒業を前に30社近い企業からリクルートのお話を頂きましたが、中日新聞と東海テレビを記念受験した結果、本番にすこぶる強い性格と溢れる人間力を大いに発揮し、見事に東海テレビより内定をいただきました。

Q  その後、共同テレビにはどのような経緯で入社されたのですか?

鈴木 プロレスラーの活動を続ける中で、40歳を境にセカンドキャリアの構築を考えていました。そこで、まずはレスラーとしての契約とは別に、試合のチケット販売もできるように契約を結んで、法人相手のチケット販売や特別興行の買取販売などチケットセールスを兼業させてもらい、いいセールス成績を残すことができました。この時、営業の基礎を学んだのは東海テレビ時代の経験だったと気がつき、東海テレビ時代からお世話になっていたフジテレビの先輩(プロレス転向を後押ししてくれた方)に相談しまして、共同テレビジョンを紹介していただきました。

Q  現在は主にどのような仕事をされていますか?

鈴木 広告代理業(CM出稿)をはじめ、番組制作、CM制作、PV制作、ヘアショー、WANGAN夏祭り、プロレス興行冠協賛、著作権の代理販売などをしています。

Q  本当に幅広いですね!その中でも特に印象に残っている 仕事は?

鈴木 やはり、初めて制作を担当したBSフジ「反骨のプロレス魂」という番組です。この番組は毎年年末に放送していまして、今年でパート4になります。これは広告代理店に勤める大学の先輩、後輩たちが毎年営業をしてくれ成り立っているのですが、彼らには本当に感謝をしています。後輩たちは会う度に「先輩、今年は勘弁して下さい!」と毎年言われていますが、泣く泣くやってくれます。本当に心強い後輩達です。

Q  最初に共同テレビに来た時、会社のイメージ、雰囲気についてどう感じましたか?

鈴木 初めて11階のエレベーターを降りた時にタバコの匂いがしたのが今でも印象的です。(笑)

Q  実際に共同テレビで仕事をしてみてどうでした?

鈴木 営業の仕事はやはりキツイですよ。毎月の営業案件が取れるかいつも心配だし、普段は外回り営業と初対面の会社も多いので孤独です。ただ会社の先輩方と食事をしたり、社内や喫煙所での"励まし雑談"でパワーと営業アイデアを頂いたりしています。僕にとっては共テレに戻った時がパワーを貯める時間になっています。

Q  以前在籍していた放送局(東海テレビ)と共同テレビのような制作会社の違いを感じることはありますか?

鈴木 東海テレビに入った時は、新卒でいきなりの東京支社勤務だったので、ただひたすら営業をするしかなかったのですが、やはり制作会社の方が、自由に仕事ができるのではないでしょうか。自分の場合は広告代理業であったり、キャスティングの代行であったり、イベントであったりと、何でも業態を変えられるところが面白いと思っています。

Q  これまでの経歴は現在の仕事にどのように活かされている?

鈴木 東海テレビ営業部、明大ラグビー部時代の先輩後輩、プロレス人脈と本当に皆さまに支えられて仕事をしています。感謝しかないです。

Q  今後はどんなテレビマンを目指していますか?

鈴木 素直に反省でき、素直に喜び、良い事も悪い事にも感謝のできる明るいテレビマンになりたいですね。